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高知地方裁判所 昭和61年(ワ)202号 判決

原告

吉本亀

右訴訟代理人弁護士

松岡章雄

被告

久米滋三

右訴訟代理人弁護士

中平博

主文

一  被告は、訴外土佐電気鉄道株式会社(本店高知市東雲町一番三六号)に対し七二〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告

主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和六一年四月一日の六か月前から引き続き、訴外土佐電気鉄道株式会社(以下「訴外会社」という)の株式を有する株主である。

被告は、昭和五八年度以降継続して訴外会社の代表取締役である。

2  株主優待制度

訴外会社は、株主優待制度として、毎年四月一日現在の株主名簿上の株主に対し、その持株数に応じ、左記の基準で優待乗車券(一冊が一五〇〇円相当)を交付している。

五〇〇株から一四四九株まで一冊

一五〇〇株以上一〇〇〇株を増すごとに一冊追加

3  株主の権利行使に関する利益の供与

(一) 訴外会社は、特定の一部株主に対し、五〇〇株に一冊という基準で優待乗車券を交付している。

(二) 昭和五八年度から昭和六〇年度までの三年間における右株主の氏名、持株数及び一年毎の正規の基準による交付数、実際の交付数、正規の基準を超える交付数は別紙目録(一)のとおりである。

右三年間の合計は、超過交付数で四八〇〇冊、金額で七二〇万円相当となる。

なお、被告は、右株主の株式は、別紙目録(二)のとおり譲渡され、その譲受人に右基準により優待乗車券を交付したというが、右譲渡は仮装であり、右譲受人は架空の者であつて、訴外会社はこれを知悉していたものである。

(三) 右のように、訴外会社が、特定の一部株主に対し、正規の基準を超えて無償にて優待乗車券を供与したことは、株主の権利行使に関する利益の供与となる(商法第二九四条ノ二第一項、第二項)。

4  被告の責任

被告は、右株主の権利行使に関する利益供与を代表取締役として行つたもので、特定の一部株主に供与した特別利益の価額を訴外会社に弁済する責任がある(商法第二六六条第一項第二号)。

5  よつて、原告は、商法第二六七条により、被告に対し、前記供与した利益の価額合計七二〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合の遅延損害金を訴外会社に弁済するよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、別紙目録(一)の株主名欄記載の株主がもと同目録の持株数欄記載の各株式を有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。右各株主の株式については、別紙目録(二)のとおり、その株式譲受人欄記載の者に株主名義変更の届出がなされており、訴外会社は、その変更された譲受株主の株式数に応じ、請求原因2に記載の基準によつて優待乗車券を交付しており、特に一部の株主にかぎつて特別の利益を供与したものではない。また、訴外会社は、右譲受株主が架空の者とは考えていないし、仮に架空の者であつたとしても、これを知つていたものではない。

4  同4及び5は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の各事実並びに別紙目録(一)の株主名欄記載の株主(以下、これを「親株主」という)が同目録の持株数欄記載の各株式を有していたことは、当事者間に争いがない。

そして、証人田中孝の証言によれば、右各親株主の株式については、そのうち別紙目録(二)の譲受株式数欄の株式数が同目録の株式譲受人欄記載の者(以下、これを「新株主」という)に譲渡されたとして、その各株式数に応じ、請求原因2に記載の優待乗車券交付基準によつて優待乗車券が交付されたことを認めることができる。

二ところで右優待乗車券交付基準によれば、一〇〇〇株以上の株式を有する株主はこれを五〇〇株ずつに分ければ、これを一人が保有する場合に比べ、より多くの優待乗車券の交付を受け得ることになる。原告は、訴外会社が、株式譲渡を仮装して、一部株主に右交付基準を超えた優待乗車券を交付し、商法第二九四条ノ二にいう株主の権利行使に関する利益供与をなしたと主張する。そこで、この点につき検討するに、〈証拠〉によれば、次のとおり認めることができる。

1  親株主からその株式の一部の譲渡を受けたとされる新株主については、西本十七女子、西本十八女子のように一見して架空の人物と思しき者もあり、また、池上淳水、大谷敏幸、西原莞爾の一部譲受人のように全体をみれば不自然で架空の者と窺われる者もあり、その他の者についても大多数が同姓であるうえ、その譲受株式数は殆どが優待乗車券一冊の交付を受けられる最低単位の五〇〇株である。そして、親株主の残株式数は五〇〇株以上一〇〇〇株未満となつている者が殆どで、一〇〇〇株以上の者は、親株主二三五人のうち僅か八人に過ぎない。

2  新株主への譲渡に関する手続は、親株主の申出によつてなされており、その申出の時期は前記優待乗車券交付基準の実施が決まつた昭和五〇年三月以降である。親株主から複数の新株主に株式譲渡がなされた形となつているが、その譲渡の日は同じ親株主についてはすべて同じ日である。その上、訴外会社に届け出られた印鑑は、親株主とこれから譲渡を受けた新株主と共通であり、また、住所も同じである。

3  訴外会社は、株主の印鑑表を二種類作成しており、うち一種はカード式で、昭和六〇年ころまでは株主名簿を兼用していた(以下、これを「株主カード」という)。そして、右株主カードは、新株主に関するものは、親株主のもののみ作られ、新株主は親株主の氏名の下に「外何名」或いは「他何名」と表示され、新株主それぞれのカードは作成されていない。しかも、その株主カードの印鑑欄或いはその欄外には、「特」と表示するゴム印が押されている。株主カードの株式数の欄には、親株主と新株主の合計株式が記載され、その一部が新株主以外の者に譲渡された場合には、新株主の人数の記載、即ち、「外何名」とある部分の数字が訂正されている。なお、右株主カードには、欄外に優待乗車券交付数を記載したものもある。

4  株主総会の招集通知は、新株主には送られず、議決権は親株主が一括して行使した(なお、証人田中孝は、新株主が行使すべき議決権行使書は、その各枚数を親株主のもとに送り、その議決権は親株主が新株主の委任を受けてこれを行使したというが、必ずしも措信できない。)。その上、右親株主の議決権一括行使について、定款の定めにかかわらず、新株主の代理権を証する書面は提出されていない。更に、優待乗車券も、新株主の分を含めて、親株主に一括して送付されている。

5  株主総会においては、株主の数として、親株主は算入し、新株主を算入しない数を発表し、その数が議事録に記載されている。このような新株主の扱いを生じたのは、昭和五〇年四月に前記優待乗車券の制度ができてからである。

以上のとおり認めることができ、これに反する〈証拠〉は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上に鑑みるに、右新株主については、訴外会社は、株主総会の通知をなさず、右総会において株主と扱わず、新株主に交付されるべき優待乗車券の交付さえ、親株主になして、新株主には送付していなかつたものであり、新株主は優待乗車券の交付数を算出する以外には株主として扱われていなかつたということができる。このような扱いは、現優待乗車券交付制度ができてからのものであるが、訴外会社は、熟知しながら、これに協力して来たものと認められる。してみれば、新株主は、優待乗車券交付数を有利に算出するために仮装した株主というべく、これを優待乗車券の交付を受けられる株主とは認め難い。さすれば、訴外会社は、前記親株主、即ち、一部株主に有利に優待乗車券を交付したということになる。

株主に対する優待乗車券交付制度は、無償のものであるが、これが社会通念上許容された範囲内で適正に行われるかぎり、商法二九四条ノ二の禁止に触れるものではない。しかし、本件のごとく、交付基準を越えて一部株主に有利にこれを交付した場合は、その超過分は右禁止に触れるものといわなければならない。そして、弁論の全趣旨によれば、昭和五八年度から昭和六〇年度までの三年間の優待乗車券超過交付数は別紙目録(一)の超過交付数欄記載のとおりと認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

三ところで、前述のとおり、被告が昭和五八年度以降訴外会社の代表取締役であつたことに争いがないが、代表取締役は会社の業務執行全般を指揮監督すべき立場にあり、会社の右商法二九四条ノ二の禁止に触れる行為を防止すべき義務があるので、これを防止できなかつた以上、特段の事情のないかぎり商法二六六条の責任を免れ得ない。そして、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。よつて、被告は前記超過交付した優待乗車券の価額を訴外会社に返還する義務を負う。優待乗車券一冊の価額が一五〇〇円であることは当事者間に争いがないので、これを超過交付合計四八〇〇冊(三年分)に乗じて得た七二〇万円が被告の返還すべき金額となる。

四以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容し(訴状送達の日の翌日が昭和六一年五月一四日であることは記録上明らか)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官松本哲泓)

目録(二)の抜粋

(名義書換)昭和五〇・三・二九(株式譲渡人)池上淳水(同上譲渡前所有株)二〇、〇〇〇(同上譲渡後所有株)五〇〇  株式譲受人   譲受株式数

池 上 太公男   五〇〇

池 上 房 子   五〇〇

池 上 裕 子   五〇〇

池 上 卯之助   五〇〇

池 上   英   五〇〇

池 上   松   五〇〇

池 上 市 郎   五〇〇

池 上 次 郎   五〇〇

池 上 三 郎   五〇〇

池 上 司 郎   五〇〇

池 上 五 郎   五〇〇

池 上 六 郎   五〇〇

池 上 七 臣   五〇〇

池 上 八 郎   五〇〇

池 上 九寿郎   五〇〇

池 上 寿 郎   五〇〇

池 上 寿一郎   五〇〇

池 上 弥一郎   五〇〇

池 上 弥二郎   五〇〇

池 上 弥三郎   五〇〇

池 上 弥寿雄   五〇〇

池 上 弥吉郎   五〇〇

池 上 弥次郎   五〇〇

池 上 弥太郎   五〇〇

池 上 弥伍郎   五〇〇

池 上 拓 男   五〇〇

郷 本 忠 見   五〇〇

郷 本   忠   五〇〇

郷 本 富 子   五〇〇

郷 本 当 恵   五〇〇

郷 本 廣 子   五〇〇

郷 本   久   五〇〇

郷 本 征 男   五〇〇

郷 本 貴 美   五〇〇

郷 本 茂 男   五〇〇

郷 本 藤太郎   五〇〇

笠 井 賢 治   五〇〇

笠 井 智 子   五〇〇

笠 井 賢 子   五〇〇

(名義書換)昭和五四・九・二〇(株式譲渡人)大谷敏幸(同上譲渡前所有株)一〇、〇三〇(同上譲渡後所有株)五三〇  株式譲受人   譲受株式数

大 谷 百合子   五〇〇

大 谷 一 郎   五〇〇

大 谷 二 郎   五〇〇

大 谷 三 郎   五〇〇

大 谷 四 郎   五〇〇

大 谷 五 郎   五〇〇

大 谷 六 郎   五〇〇

大 谷 七 郎   五〇〇

大 谷 八 郎   五〇〇

大 谷 啓 子   五〇〇

大 谷 美恵子   五〇〇

大 谷 春 子   五〇〇

大 谷 夏 子   五〇〇

大 谷 秋 子   五〇〇

大 谷 冬 子   五〇〇

大 谷 松 子   五〇〇

大 谷 梅 子   五〇〇

大 谷 藤 子   五〇〇

大 谷 竹 子   五〇〇

(名義書換)昭和五〇・三・二九(株式譲渡人)西原莞爾(同上譲渡前所有株)一〇、五七六(同上譲渡後所有株)五七六  株式譲受人   譲受株式数

西 原   治   五〇〇

西 原 菊 江   五〇〇

西 原 民 子   五〇〇

西 原 雪 代   五〇〇

西 原 かえで   五〇〇

西 原 槇 子   五〇〇

西 原 花 江   五〇〇

西 原 菊 代   五〇〇

西 原 松 子   五〇〇

西 原 椿 子   五〇〇

西 原 桃 江   五〇〇

西 原 五 月   五〇〇

西 原 葉 子   五〇〇

西 原 蘭 子   五〇〇

西 原 藤 枝   五〇〇

西 原 房 子   五〇〇

西 原 梅 代   五〇〇

西 原 桜 子   五〇〇

西 原 杏 子   五〇〇

西 原 蓮 子   五〇〇

(名義書換)昭和五〇・三・二六(株式譲渡人)西本良子(同上譲渡前所有株)一〇、〇〇〇(同上譲渡後所有株)  五〇〇  株式譲受人   譲受株式数

西 本 康 宏   五〇〇

西 本 幸 子   五〇〇

西 本 智 子   五〇〇

西 本 三女子   五〇〇

西 本 四女子   五〇〇

西 本 五女子   五〇〇

西 本 六女子   五〇〇

西 本 七女子   五〇〇

西 本 八女子   五〇〇

西 本 九女子   五〇〇

西 本 十女子   五〇〇

西 本 十一女子   五〇〇

西 本 十二女子   五〇〇

西 本 十三女子   五〇〇

西 本 十四女子   五〇〇

西 本 十五女子   五〇〇

西 本 十六女子   五〇〇

西 本 十七女子   五〇〇

西 本 十八女子   五〇〇

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